おおかみこどもの雨と雪、を見た。

 「おおかみこどもの雨と雪」素晴らしかったです。
 自分はとても体感的な映像だなと思いました。
 強く意識したのは、光と音です。
 少し前に、友人と話していて映画館で映画を見ている時に画面が真っ暗になると、会場全体が真っ暗になる。
 映画館で映画を見る事で得られる、独特の効果だという話になりました。
 この映画ではそうした視覚的な効果を意識しているのではないかなと思いました。
 例えば、主観的な映像で雪の森の中を疾走した後に画面が真っ白になった後、真っ青になるシーン。
 あるいは、霧の中を走る雨の視点が真っ白になり、霧がはけて高原の景色が一面に広がるシーン。
 映画冒頭とクライマックスにある花畑の中で逢瀬する花と彼の幻想的なシーンだとか。
 これは暗順応、明順応のような視覚的な反応効果を意識した、画面の明るさが一変する処理で編集として黒コマを挟んだ画面が真っ黒になるという処理もいくつか見受けられたような気がします。
 こうした映像が登場人物の主観であり、登場人物と映画を見ている自分たちが、主観的な光の変化を共有できる瞬間にもなっていると思います。
 主観という意味ではこの作品はかなり主観的なカットが多いなと思いました。
 おおかみこどもが動きまわるシーンはほとんどそうだったような印象があります。
 こちらは固定カメラで定点観測のようなカットが多かったけれど、閉鎖的な都会のアパートと開放的な田舎の日本家屋との対比というニュアンスもあったのかなと思いました、こうしたシーンでも人間とおおかみこどもの変化を色と形でバリエーション豊富にしていて工夫されているなと思いました。
 対比という効果では他にも屋内が薄暗い日本家屋というモチーフだと光と影が一つの画面の中で共存するレイアウト的な利点があるんだなという発見もありました。
 視点の共有という点では書いておきたいのがラストの雨が山を登って行くところに手を伸ばそうとする花のシーン。
 山の斜面を駆け登る雨の軌道と同じ軌道で重なるように花の手が入ってくる。
 見ている方は同じ目の動きを繰り返すことで、映像を見ている事が雨を目で追いかけるという意味になってくる。
 映像のテクニカルな部分を活かした映像だなと思いました。
 


 この映画を見ていて不思議だなと思ったのは、過程の描写がほとんど無声なんですよね。
 成長の過程や恋愛、出産の過程など、時間の進み方も省略されている感じで。
 映像的にも色々とディフォルメが効いていて、音だけでなく、顔のディテールが省略されていたり、かと思うと背景が緻密に動いていたりそうした情報の密度の差みたいなものが大きい作品ですね。
 省略と誇張が大きいことで作品全体にメリハリがあって飽きずに見れたのかなと思います。
 音楽の付け方も独特で雪原を親子で疾走するシーンが顕著ですが、BGMでもあり効果音でもあるというような使い方を意識している気がしました。
 こうした密度の差はどんな効果があるんでしょうか?
 特に自分が気になった点は、この作品の中に吹く風の表現です。
 この作品では意欲的なことに背景にある自然がいろいろな形で動くんですが、そこで表現されているもので印象に残るのが風の表現です。
 高原の湖に渡る風を見つめる雨、風の音はしません。
 この作品ではおおかみが関連するシーンに風が吹いているのが散見されます。
 冒頭と最後の抽象的な花と彼の逢瀬、おおかみおとこに変身する彼、おおかみこどもであることを告白する雪など。
 雪のシーン以外では風の音がしないのが印象的です。
 映像から意識的に風の音を抜いていると思います。
 この作品では映像の画や音の密度の差が非常に重要だと思いました。
 高原の湖のシーンで重要なのは、風が吹いているんだなと映画を見ている自分たちが、想像することです。
 これは美術として描かれている湖の湖面で波を動かすことでそれ自体を美しい場面として描いているとも言えるんですが、アニメでは効果音で説明することが多い、風という表現を動きだけで表している場面とも言えると思います。
 技術的に大きな労力のかかる映像だと思いますが、その風は前髪がさざなむだけのとても小さな風です。
 しかし、この小さな風が映画にとっては大切な風なんだと思います。
 そして表現として大切な部分は映像として少し足りないという点。
 このシーンで言えばそれは風の音ですが、ラストシーンでも雨を送り出す花のラストカットに映る青空は水たまりに映しだされているだけで、観客はそれを見て雨が止んで朝日が登った青空を想像するわけです。
 実際にその瞬間青空を見ているわけではありません、想像を強調するように連続して青空に映える入道雲が画面には映しだされますが、大切なのは見ているものを通して想像するという能動的な行為だと思います。
 そうした、工夫をこらすことで一つ一つの動きを意識させ、特別なものにする。
 アニメならではの快感がここにあります。
 では、そうした動きが作品にとってどんな意味があったのか?
 まず、共通して見られるのは彼と雪がおおかみにんげんであることを告白するというシーンで吹いている激しい風です。
 どちらもしずかなシーンなのですが、この激しい風の動きが激しい感情を想像させるものであるような気がします。
 そして、雨に吹く風。
 高原に渡る風と同じような小さな風が花との別離のシーンでも吹いており、それが花に声をかけられて躊躇する雨が決心するきっかけになっているように感じられました。
 ここにも風は共通の意味を通して吹いているような気がします。
 そして、風は花にも吹いていました。
 彼のおおかみにんげんであるという告白を受ける花のシーンや彼との逢瀬のシーンにも風が吹いていますが、そこに共通しているのは、風の音がしないという点だと思いますが、風が吹いているところは他にもあります。
 この映画は、花が風に揺られている所から始まります。
 そして、最後も花が風に揺られている所で終わります。
 ラストシーンで花の髪の風に揺れる動きは本当に些細なものですが、この映画を見た人にとってそれはただの風の動きではなく、もうとても大切な物に変わっていて、その風の声は狼の遠吠えの音をしている・・・・・・・・・
 おおかみこどもの雨と雪は、美しい映画だなと思いました。
 
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by Yakeishi-ni-Mizu | 2012-08-17 00:23

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